台風12号接近中~伊賀上野地震について
2011.09.02(Fri)
台風12号接近中です
ガーデン店では台風準備完了ですが?
お客様、建物、設備に被害が及ばないことを願うだけです。
台風とは関係ないなですが、東日本大震災に関連して、過去のこの辺の地震について、調べてみました。
伊賀上野地震(いがうえのじしん)は、嘉永7年6月15日(1854年7月9日)14時頃に現在(2011年)の三重県伊賀市北部(経度136度、緯度34.75度)で発生した地震である。地震のタイプとしては活断層で発生した内陸直下型地震とみられる。「安政」への改元前に発生した地震であるが、安政伊賀地震とも呼ばれています。
嘉永7年6月13日(1854年7月7日)正午に前震が発生した。前震による建物の倒壊は無かった。その後も揺れ、夜通し寝なかったり外に筵をしいて寝るなどした住民がいたらしいです。
本震は同年6月15日(新暦7月9日)14時頃に発生した。震央は現在(2011年)の三重県伊賀市北部、マグニチュードは7.25(兵庫県南部地震とほぼ同じ)最大震度はメルカリ震度階級で四日市、伊賀上野はVIまたはVIIと推定されている。津、亀山、桑名でもメルカリ震度階級で震度Vと推定されている。同日5時頃失火の炎が見え始めた。上野城の東・西大手門の石垣が崩れ、番人4名が死亡し、地滑りなどの被害も大きかった。死者は995名。うち伊賀上野付近の死者は625名、負傷者994名、家屋倒壊2270戸、蔵倒壊306件だった。その後の余震も同年7月10日(新暦8月3日)2時頃までは規模が大きいものが多かったらしいです。
のちに「伊賀上野城下の被害絵図」もつくられた。地震により倒壊した家屋が色で塗られた絵図もある。
・・こんな大きな地震がありました。
今回の東日本大震災のように津波被害・放射能被害はないでしょうが・・、それにしても、昔から「地震・雷・火事・オヤジ」
と言われるように、怖いものです。
家事よりも、オヤジよりも、雷よりも、今の私にとっては、怖いものです。なんの予兆もなしにいきなり起こる「地震」は、やっぱり一番怖いです・・。
東北地方では、依然震度4クラスの余震が続いていますが、今度は東海地方では・・?という意見も見受けられます。
地震も、科学の発達で予知できるようにならないものでしょうか・・?
台風進路

ガーデン店では台風準備完了ですが?
お客様、建物、設備に被害が及ばないことを願うだけです。
台風とは関係ないなですが、東日本大震災に関連して、過去のこの辺の地震について、調べてみました。
伊賀上野地震(いがうえのじしん)は、嘉永7年6月15日(1854年7月9日)14時頃に現在(2011年)の三重県伊賀市北部(経度136度、緯度34.75度)で発生した地震である。地震のタイプとしては活断層で発生した内陸直下型地震とみられる。「安政」への改元前に発生した地震であるが、安政伊賀地震とも呼ばれています。
嘉永7年6月13日(1854年7月7日)正午に前震が発生した。前震による建物の倒壊は無かった。その後も揺れ、夜通し寝なかったり外に筵をしいて寝るなどした住民がいたらしいです。
本震は同年6月15日(新暦7月9日)14時頃に発生した。震央は現在(2011年)の三重県伊賀市北部、マグニチュードは7.25(兵庫県南部地震とほぼ同じ)最大震度はメルカリ震度階級で四日市、伊賀上野はVIまたはVIIと推定されている。津、亀山、桑名でもメルカリ震度階級で震度Vと推定されている。同日5時頃失火の炎が見え始めた。上野城の東・西大手門の石垣が崩れ、番人4名が死亡し、地滑りなどの被害も大きかった。死者は995名。うち伊賀上野付近の死者は625名、負傷者994名、家屋倒壊2270戸、蔵倒壊306件だった。その後の余震も同年7月10日(新暦8月3日)2時頃までは規模が大きいものが多かったらしいです。
のちに「伊賀上野城下の被害絵図」もつくられた。地震により倒壊した家屋が色で塗られた絵図もある。
・・こんな大きな地震がありました。
今回の東日本大震災のように津波被害・放射能被害はないでしょうが・・、それにしても、昔から「地震・雷・火事・オヤジ」

家事よりも、オヤジよりも、雷よりも、今の私にとっては、怖いものです。なんの予兆もなしにいきなり起こる「地震」は、やっぱり一番怖いです・・。
東北地方では、依然震度4クラスの余震が続いていますが、今度は東海地方では・・?という意見も見受けられます。
地震も、科学の発達で予知できるようにならないものでしょうか・・?
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